先日、文楽にいった時に気になることがありました。
舞台の上部にスクリーンがあって台詞が文字として出てくるので、私のような初心者でも演者が何を言っているのかちゃんとわかる仕組みになっています。
気になったのは「めおと」という台詞に、字幕では「女夫」という字があてられていたことです。「めおと」をパソコンで変換すると「夫婦」となるように、今では「夫婦」という当て字が普通ですが、昔は違っていたのかしらん?
そこで、まずは広辞苑。めおとで引くと、ありましたな「女夫」「妻夫」。そしておなじみの「夫婦」は最後にありました。やっぱり昔は「めおと」は「女夫」と書いたのか。でも用例になると「夫婦茶碗」とか「夫婦善哉」とか、「夫婦」優勢。
じゃぁ一体いかなる時期に、妻と夫の順列が引っくり返ったのか?
古い文献ということで『日本書紀』をあたると、神代上訓のところに「みとのまぐわいして夫婦となる」という文を発見。ということは既に奈良時代には「めおと」には「夫婦」を用いていることになります。
しかし、国生み神話では、女の方から男にモーションをかけたため蛭子が生まれたとあるので、もともと「日本書紀」自体に、男尊女卑的な傾向があるとも見てとれる。「夫婦」「女夫」どちらの語も併用していた可能性は捨てきれない。ちなみに上記の呪文のような言葉は、単純にいうと「セックスした」ってことですよん。
次に江戸時代を調査。
「女にあらざるは人にあらず。人間と男とは、これまったく異種ならん。」とのたまわったとされるのは春日局。この時代、西では東福門院が、東では春日局ががっつりと男どもの頭を押さえて、徹底的に女が強かったのでございます。
お二人の死後、<女大学>や<婦女庭君>が出されたのは、これ以上女に大きな顔をされてたまるかという男衆の気持ちの表れだったのでございましょう。「女は三界に家なし」といった無茶な言葉も出てまいります。そして、どうやらこの時期あたりにそれまで「女夫」だったものが「夫婦」になったようです。(柳沢吉保あたりが怪しいのだ。)
それにしても、たかが言葉の順列にそんなに大層にせんでもというなかれ。
「良妻賢母」はもとは「賢母良妻」という語だったのはご存知でしょうか?引っくり返すことによりまったく意味が異ってしまった。そして、それを行った者たちには相応の理由があったのです。たかが言葉、されど言葉。言の葉は、時の権力者達に都合の良いように変えられていく道具でもあるのです。
きちんとした確証もなく中途半端な旅ですが、今はここまで。おつきあいありがとうございました。
