歴史上に魅力的な人物は多々あれど、一番好きな武将は誰か一人あげろといわれれば私は平将門なのだ。やれ朝敵だの、やれ怨霊だのと言われてますが、実に魅力的な漢なのでありますよ。
どのあたりがかを清宮秀堅の言葉を借りて書き出しますと
「1、良兼を放てること 2、父祖の像を観て走れる也 3、貞盛扶の妻を辱めざる也」
大雑把に説明すると、将門の父親の遺産をおじ達が横領して、将門が成人しても返さなかった。そこに女性問題や様々な人の思惑も絡んで戦になるわけですが、1は非道な伯父の良兼を逃がしてやったということ。
2は、その良兼が、将門の父にあたる良将と祖父の高望王の像を陣頭にあげて「矢が放せるなら放してみよ!」と突っ込んできた。これを見た将門は陣を引いて逃げ出し敗戦した。その結果、本拠地を焼かれ妻子も殺されてしまったのです。それにしても高望王は良兼にとっては父親。自分の父親を利用するなんざ、なんとも姑息な戦法ではないですか。
3は、2で良兼と連合して将門に挑み、将門の妻子を殺した貞盛らの妻を捕まえた時、将門は『流浪している女人を、その本籍に送り返すことは法の規定であり、また哀れな者を哀れむのは、帝王の道である』と言って、着物を与えて送り返したという話。しかも彼女達を案じる歌まで詠んでます。
「よそにても風の便りにわれぞ問ふ 枝離れたる花の宿りを」
これに貞盛の妻も、敵のあなたからも優しくされたので大丈夫ですという旨の返歌をしています。非情な戦場にあって、将門は優しい心根を忘れない気持ちの良い人物だったと思うのであります。
その将門が、いったい祟りなどおこすものかや?しかも庶民に??というのが私の長年の疑問でありましたが、その答えの一つになりそうなのが、『QED~Ventus~御霊将門』高田崇史著。QEDシリーズの12冊目です。将門がなぜ怨霊になったか、彼とタタラとの関わりなどが書かれています。まるごと鵜呑みにはできなくても、かなり説得力があっておもしろい。それにしても、やはり将門様は良い漢だ。
