ふと孤独だなぁと思う時があります。人に言うと「だから早く結婚しなさいよ」などと意見されたりしますが、孤独は結婚していないからとか、子どもがいないからなどといった「~から」より生じるものではないと思う。愛する人がいても、家族がいても、関係なく感じる「~ても」的なものだと思うのです。
そういう意味では愛とか信仰と似ている気がします。「〇〇だから好き」というより「××でも好き」「××でも信じる」というのが本当のところでしょう。自分ではコントロールできないこの感情を、ドストエフスキーは「神秘の国に根ざしているものだから、どうしようもない」と書いてましたっけ。
生の始めも死の終わりも一人ゆえの寂しさなれば、この涌き出づる絶対的な孤独感もまたかの国に根ざした感情なのかもしれません。
この孤独感を表現して、悠晨さんと制作したポストカードは予想外に不評でした。せっかく素敵な書を書いてくださった悠晨さんに悪いことをしました。寂しい感じが嫌わられてしまったようです。
同調者はあまりいないようですが、月を見上げて「月もひとり…」などとつぶやきながら小さく嘆息する寂しい夜を、私はこよなく愛しているのです。


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