シーモアが死んだ

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D・J・サリンジャー氏が先月亡くなられたそうです。
不謹慎ではありますが、私はとっくに鬼籍の人かと思っていました。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』もしくは『ライ麦畑でつかまえて』
読んだことがありません。
私は、なんとなくヘソ曲がりなところがあって、代表作っぽいものに
手が伸びないのです。

私がサリンジャーで思い出すのは、中学や高校生の時に読んだ
『バナナフィッシュにうってつけの日』であり
『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』であり
『コネティカットのひょこひょこおじさん』みたいな短編。
なんとなく東洋思想の入った不安定な小説くらいにしか記憶が
ありませんが、いまだにシーモアという不思議な魅力を持った
登場人物はよく覚えています。
彼はなぜ死んだんだろう、今読み返したらわかるかな。

私の「いい言葉抜き書きノート」にサリンジャー載ってました。
たぶん高校生くらいの時のもの。

「あの朝からシーモアは永遠に針にかかってしまったのだ」

「僕は死んだ猫になりたい」

「ぐうたらは存在するが 馬鹿は存在しない」

「See more Glass!」

ちなみにその前のページには、今年没後50周年のカミュの
言葉が記されてました。

「われら反抗しながら滅びよう」

「人生は生きるに値しない」

「生に追い抜かれてしまったと、あるいは生が理解できない」

ちなみに、ちなみに後のページには中原中也

「まるでおれは 魂だけにつりあげられて
体半分になったまま この世の果てにいるようだ
その魂が おれを揺さぶりつづけるのだ
負けるな!!戦え!!
負けるな!!戦え!!」

・・・・うーん、嫌な女子高生やったな。

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